「…ァ…ダ…ッ……カン………神田っ」

 身を凍らす冷酷な手と、相反する手が重なった時、神田は激しい呼吸の中にアレンの姿を認める。

「………モヤ……シ…」
「いや、モヤシじゃないですから。アレンです」
「……何の用だ」
「食堂に居ないから探しに来ました。大丈夫ですか? うなされてましたよ」

 神田はその言葉をろくに聞かず、おもむろに周囲を見渡した。
 濃い緑に包まれ鬱蒼とした森の中に木漏れ日が射し、絡み合う根を照らしている。
 慣れ親しんだいつもの場所である事を確信して、彼は額の汗を拭った。

(またクソくだらねェ夢を………)

 それでも思わず身体に目をやり、羽織っていた団服のローズクロスに触れる。
 早鳴り乱れた心音は肩の辺りでさえ感じられ、小刻みな息をついてどうにか正常に戻そうと試みた。

「鍛錬の後にうたた寝してしまったんでしょうね。汗が冷えますよ」

 そう言ってハンカチで頬を押さえられ、神田は背にした大木に向け顔を逸らす。

「気安く触るな!」
「…じゃあこれ、良かったら使って下さい。洗ってありますから」

 神田の拳に押し込むように強引にそれを突っ込んだアレンは、膝を抱えて春色の笑顔を向け続けた。

 神田は無理やり渡された布を握り締めたまま、逸らした顔をぎこちなく戻して行き、目の前のアレンを見据える。

 色の抜けた髪は陽光の下で銀色に輝き、イノセンスの如く煌いて見えた。

 澄んだ大きな瞳に見つめられると決まりが悪く、神田は青筋を立てて片眉を吊り上げる。

「見てんじゃねェよ!」

 ドスを効かせ歯を剥いてそう言うと、目の前のアレンは膝を浮かせて呆れ顔を見せた。

「触るな見るなじゃ何も出来ないですね」

「はっ、誰が何かしろって頼んだんだよ…………チッ」

 悪態ついでに舌打ちまでおまけにつけた神田は、立ち上がったアレンがホームに戻るとばかり思っていたが、予想に反してアレンは再び腰を落とした。

 そして折り曲げた身体のまま木の幹を這うようにして、大木の反対側に座る。

「…モヤシ?」

「何も出来ないので、何もしない事にします」

 木の裏側から届いた声に、神田は面食らいながら後ろを振り返った。
 木の根の上にポンと投げ出されたアレンの足だけが見える。

 神田は大木に深く背を預け、手の中のハンカチを開いた。
 「Allen」の文字に、その音を辿りそうな唇を止める。

「フンッ……勝手にしろっ」

 代わりにそう言うと、木々のざわめきに乗せて笑い声が返って来た。

「勝手にします」



 背中に感じる木の呼吸…。
 そしてその奥にあるアレンの気配を感じて、神田は漆黒の睫毛を伏せる。



 心音は安らかに、その律動を取り戻していた。


Fin.

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HOUSEKI-HIME N